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SUMURAI SPIRIT 沖縄空手の真髄とは

今年の年初に格闘家のニコラス・ペタス氏の本を読んだことをきっかけに、NHKの海外向け番組に「SUMURAI SPIRIT」という番組が放映されていたことを知りました。

ニコラス・ペタス氏が柔道や剣道など日本の武道の指導者を訪ね、サムライ精神を学んでいこうという企画で非常に好評だったそうです。

ずっと見たいと思っていましたが、今回たまたまyoutubeでその空手編の動画を見つけましたのでご紹介します。

samurai-1.jpg

samurai-kazumi.jpg

空手編は、まずニコラス・ペタス氏が元極真空手チャンピョンの数見肇氏を訪ねるところから始まります。
数見氏曰く。空手とはいったい何かと考えたとき「空手は形である。空手の技は形からくるものである。」と。
形(月心会では型の字をつかいます。)はダンスに過ぎないとの風潮がある極真のチャンピョンにして、この発言は非常にインパクトがあります。
しかもこの発言は番組用のものではなく、実際数見道場で伝統空手と似たスタイルで形や約束組手の稽古を行なうシーンもあり数見氏の本音と思われます。

そしてペタス氏は空手の源流を探るため、沖縄へ向かいます。
沖縄剛柔流、上地流、小林流の三つの道場で沖縄空手を体験しますが、どの道場にも共通する考え方が空手を使うことを前提にしないということでした。

沖縄剛柔流では拳をはじめ全身を徹底的に鍛え上げます。さらに上地流では抜き手のために指先をきたえます。
抜き手は組手の試合ではどの流派でも禁じ手となる殺人技といえます。
「人殺しの技を学ぶとその技は使えなくなる。」
技を使わないためには常に平常心が必要であり、そのために過酷な稽古を積み上げる必要がある。まさに使わない空手です。

形を重視する小林流でも空手を使うことを前提にしておらず、何事にも動じない我慢のこころをはぐくむのが空手であるとしています。

一撃必殺の技を持ちながらそれを使わない沖縄空手の精神は、刀をむやみに鞘からぬかず我慢を重ねる武士道精神につながるのではないでしょうか。

沖縄空手を教える自分としては、何がほかの空手と違うのかうまく説明できませんでしたが、技だけでなくこうした精神も伝えていければと思います。

SUMURAI SUPIRIT 空手編 ①


SUMURAI SUPIRIT 空手編 ②
http://youtu.be/UYPbch2U7Qs

SUMURAI SUPIRIT 空手編 ③
http://youtu.be/wIeboTzqt40

SUMURAI SUPIRIT 空手編 ④
http://youtu.be/55f7zzp97Gg
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テーマ : 空手
ジャンル : スポーツ

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