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フルコンタクト空手の誕生

戦後日本の空手界において統一の試合ルールを定める動きがあり、結果としてノンコンタクトルール、いわゆる寸止めルールが共通ルールとして定められました。

そして月心会のような防具空手は傍流に押しやられてしまいました。

ルールの統一により空手界はひとつになり、いずれはオリンピック種目への採用を目指すこととなりましたが、強力なアンチテーゼを唱えた団体が現れました。

大山倍達氏の創設した極真会館がそれです。

大山氏は、当てない空手をダンス空手と批判したうえで防具もつけない直接打撃のフルコンタクトルールを採用し実戦空手を標榜しました。

ただし、直接打撃といっても顔面へのパンチは危険が大きいので反則としています。

極真会館はその後のカンフーブームのなかで大きく組織を拡大し、空手界の最大勢力に成長することとなったのです。

「寸止め空手へのアンチテーゼ」であれば防具空手でもかまわないのではと思われますが、大山氏がフルコンタクトルールを採用したのは、ショービジネスとしての可能性を考慮したものと考えられます。

当時プロレスリングの創生期にあたり、大山氏と力道山や木村政彦氏(プロレスに転向した著名な柔道家)と親交があったことが伝えられています。

もうひとつ極真の隆盛の理由として映画やアニメの宣伝効果があります。

私も中学生のときに「空手バカ一代」を見て空手をやれば超人のようになれるものと勘違いをしました。


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テーマ : 空手
ジャンル : スポーツ

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